To Yukari K2025/11/26

膵癌闘病中のゆかりさんに会いに行った
ゆかりさんは、もう、私のことわからない
明日にはもう、死んでしまうという
たくさんの人がゆかりさんとの最後のご挨拶に訪れ、ゆかりさんを愛する親族の方に声をかけられて囲まれていながら、ただなぜあなたがって思いながらずっと、面会時間が終わるまでぼーっと立っていました

眠れない次の日ではなく、心苦しいその次の日でもなく、いろいろ溶け合ってわだかまりが悲しい気持ちに変わった3日後の夜に、あなたは私のところに来てくれて、それで私は少し救われた

私の中に、あなたがいるよ
表現形は違うけど
どうもありがとう、バイバイゆかりさん

そんな夜更かし2025/11/26

心の底から何かが湧き上がる、
その何かを信じられなくなったら死んだ方がましだと思う、還暦ってそういう成熟した人生の季節のはず?

でも感情がオーバーフローした時に、心臓がドキドキするより切なくも電撃的に痛くなる私の右腕が、もういい加減お役御免になりたくても、午前0時を過ぎた頃に、また好奇心が勝ってしまう!

今日が私が生まれて何日目?
まだ見たい、聞きたい
世界は一瞬に苦しいほど悦楽と残酷に満ち、ちっぽけな個の宇宙感で抱えきれないことはわかってるのに、次第に縮小すべき自我の記憶がすがりつく私は私なので、どうしても愛されるより多く愛したい

具体的にピンポイントであなたを愛したいのに、愛という概念は果てしなく拡散して空気に溶け、昇華することもなくただため息に変わってく

純度の高い感情の色彩はきっと消えない

今日は、少し2024/04/27

今日は、少し
明日も、少し

とあの人は言いました、「さよならするまで、少しずつ」

この甘い水をなるべく少しずつ飲んだなら、なくならないように
その間、永い間ふたりは一緒にいられるよ
いつかさよならすることを忘れてしまうくらい
なぜ一緒にいるのかさえ忘れてしまうくらい
できるだけ少しずつ
それなのに
なぜ、あの人は去ったのでしょう
ある春の嵐の日に
すべてを一瞬で燃やしつくして
満開の花を散らして
笑いながら


残された私は今日は少し
おかしくなってしまったみたい
明日も少し
さよならしてから、少しずつ


でも、私は最初から知っていたような気がします
どんなに少しずつ飲んでも
何百日かたてば
甘美な水はただの水になってしまうと
あの人は、おかしなことを言う人だと

母の風景2024/04/05

「甘露の絵」
変わらなく繰り返し思い出すその風景の記憶が私の同一性を保証するのかな
かなわなかった思いの承認欲求だけが残るのかな

どちらにしても、遠い昔に夢をみていました
その夢がかなうことはなくても
子ども時代にそんな夢をみられただけで
報われる
今でさえ、夢と現実との間でバランスをうまくとらないと引き裂かれそうな

明日仕事がうまくいかなければどうしようというような
現実があって、でもそんな現実は実は本質的な問題ではなくて

誰でも
そんな
そして

こんな絵ありえないよね?
どんだけマザコン?
もう勘弁して
何十年も会えなくて
でも
そんなあなたもいとおしいから
そんなあなたをひたすら慕っていた記憶から自由にはなれないから
あなたの「甘いお水」の記憶を封印しても


立ち返る
お母さんの風景に
あの日美術館に行ったでしょう?その時に一緒にみたこの「甘露」の絵に立ち返るとき

立ち止まって、そんなことをお互いに感じていたよねって
君と
たぶん

風が強い日2024/03/27

オートバイでベイブリッジやもっと長いアクアラインを渡るときには、風速を気にしないわけにはいかないことを、いつもなぜ忘れてしまうのか
伊豆の山道の下りカーブでいきなり路面が凍結したことは過剰に覚えているのに
これが人というものの習性なのか、私個人の特性なのかはわからないけれど、怖い思いの総量を怖さの強度かける時間の面積によって表現するなら、同じ怖い思いをした場合でも、一瞬でも強い怖さのほうが、何分も中くらいの怖さの中にいる状況よりも、かなり鮮明に記憶に残り、その後の行動に影響し続けるらしい

overnights2024/03/24

昔あった出来事が、先週確かにあった出来事と混ざり合い、「無意志的記憶」の中でじんわりと昇華するのです

夜に最寄り駅から帰宅する道を歩いていると、旧東海道の両脇にある駐車場に立派なクルマが並んで、街灯にピカピカに照らされているんです。その素敵なクルマの1つのドアを開けて、キーを差し込み、エンジンをかける夢を何度も見たものです

結局、これまでずっと「クルマ」に乗らない人生でした。オートバイ乗りの私の人生で四輪を自分で運転することは、もうないのかもしれません

もし私が19歳でオートバイではなくクルマの免許を取得して、時間の連続性を異議なく受け入れられるタイプだったらなどど、今こうしてその連続性の先にたどりつき、その挙句に失われた時を求めるとどうなるんだろう
人の感性は時間を中断したり、一瞬を永遠にしたり、やり直したり予見したりを可能にするという考えを持たなかったら?

そうしたら、真夜中のドアを開けて、あなたと幾夜にもわたるアラビアンナイトのような時を往来することもなかったでしょう

龍の年2024/03/18

私は雲の上で、大の字になって休んでいたんです
少しだけ、休息したくて
このうえなく青い空と白い雲が呑気すぎて
この世の憂いなどないと告げており
そんな幸せな時が、長い人生の中でほんの30分くらい続いていました

一生見逃してくれれば
龍が
どんなに気楽な桃源郷だったことか


私の美しい青空は暗雲に包まれ
あっというまに
暗黒の雲が秒速で近づいてきたんです
雷鳴とともに、圧倒的な龍が
逃れられない宿命が
私を飲み込んだ


真空に
無我に
その代償に
痛みが恐ろしいのではなくて
実際は恐ろしいから痛いのに
でもやはり痛みが辛いので
痛みの予感から解放してほしくて
その代償に、感情を、色彩を、私は失ったのです